カナダのバーガーショップで水をかけられた日|それでも諦めなかった27歳
海外生活はキラキラだけではなかった
27歳の私は、50万円ほどを持ってカナダへ渡った。
英語力に自信があったわけではない。出国時のTOEICは405点。今思えば無謀だったかもしれない。
それでも、日本を飛び出して新しい人生に挑戦したかった。
バンクーバーで1か月ほど過ごした後、私はエドモントンへ移動した。そして現地で仕事を探し、まず働くことになったのがバーガーショップだった。
海外で初めての仕事。
英語も十分ではない。
毎日が緊張の連続だった。
キッチンで起きた出来事
ある日のことだった。
私はキッチンで洗い物をしていた。
注文の声が飛び交い、スタッフが忙しく動き回る。
何を言われているのか完全には理解できない。
必死についていくだけで精一杯だった。
そんな時だった。
キッチンにいた現地の若いスタッフが、突然私に向かって水をかけてきた。
冗談だったのか。
からかいだったのか。
今となっては分からない。
ただ、その瞬間の私は驚きと悔しさでいっぱいだった。
何も言い返せなかった
日本なら文句の一つも言っていたかもしれない。
しかし当時の私は違った。
英語でうまく反論できない。
何と言えばいいか分からない。
言葉が出てこない。
ただ苦笑いするしかなかった。
悔しかった。
情けなかった。
「何でこんな思いをしなければいけないんだろう」
そんな気持ちになったのを覚えている。
海外生活への憧れだけでは乗り越えられない現実がそこにあった。
それでも帰ろうとは思わなかった
不思議なことに、帰国しようとは思わなかった。
もちろん落ち込んだ。
でも、それ以上に思ったことがある。
「ここで逃げたら何も変わらない」
ということだった。
私は英語を学びたかった。
海外で働く経験をしたかった。
人生を変えたかった。
だからこそ日本を飛び出した。
少しくらい嫌なことがあったからといって、そこで終わりにしたくなかった。
後になって気づいたこと
今振り返ると、あの日の出来事は決して気持ちの良い思い出ではない。
しかし無駄でもなかった。
英語ができない悔しさ。
外国人として働く難しさ。
言葉を持たないことの不自由さ。
それらを身をもって知った。
だから私は英語を覚えようとした。
だから私は逃げずに次へ進んだ。
その後、電話でAT&Tの住所変更手続きをしたり、ビザの問題で移民局へ問い合わせたりすることになる。
あの頃の自分から考えれば信じられない成長だった。
人生は嫌な出来事だけでは決まらない
人生には理不尽なことがある。
頑張っても報われない日もある。
悔しい思いをすることもある。
しかし、その一日だけで人生は決まらない。
27歳の私は、水をかけられて何も言い返せなかった。
でも、その後も挑戦を続けた。
そしてイタリアンレストラン「Sorrentino」で働き、ワークビザの話まで出るようになった。
もしあの日、「もう無理だ」と諦めていたら、その後の経験はなかっただろう。
52歳になった今も思う。
人生の再起動に必要なのは、完璧な能力ではない。
諦めずに次の一歩を踏み出すことだ。
あの日の悔しさも、今では私を前に進ませてくれた経験の一つになっている。
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