初めて英語で部屋を借りた日
2000年、27歳。
私は50万円だけを持ってカナダへ渡った。
当時のTOEICは405点。
英語が話せるとは到底言えないレベルだった。
それでも1年間は帰らないと決めていた。
語学学校に1か月通い、ホームステイも経験した。
しかし、ホームステイ生活は自分には合わなかった。
もっと自由に生活したい。
もっと英語を使う環境に身を置きたい。
そう思い、自力で部屋を探すことにした。
今振り返ると、あの日は私の人生の中でも大きな転機だったと思う。
英語よりも怖かったこと
本当に通じるのか分からなかった
当時はスマホも翻訳アプリもない。
頼れるのは辞書とメモ帳だけだった。
新聞や掲示板に掲載されている部屋情報を見て、電話をかける。
電話の時点で緊張した。
相手が何を言っているのか分からない。
こちらの英語も伝わっているのか分からない。
何度も聞き返した。
何度も言い直した。
それでも相手は待ってくれた。
そして内見の約束を取り付けることができた。
「完璧な英語」が必要だと思い込んでいた
日本にいた頃の私は、
「英語が話せるようになったら海外へ行こう」
と思っていた。
しかし実際は逆だった。
海外へ行ったから英語を使わざるを得なくなった。
完璧な英語なんて必要なかった。
必要だったのは、
「伝えようとする勇気」
だった。
初めての部屋探し
想像以上にシンプルだった
部屋を見せてもらいながら、
・どこから来たのか
・何をしているのか
・どのくらい住む予定なのか
そんな会話をした。
正直、全部を理解できたわけではない。
それでも相手の表情や雰囲気を見ながら話した。
分からない時は、
“Could you say that again?”
と聞き返した。
今では当たり前のフレーズだが、当時の私には大きな一歩だった。
そして部屋を借りることが決まった。
その家はオーナーが住む一軒家だった。
私が借りたのは3階部分にある4部屋のうちの1部屋。
それぞれに鍵が付いていて、4週間で390カナダドルだった。
今のレートで考えると決して高くはないが、当時の私にとっては大きな出費だった。
しかし、それ以上に価値があった。
シェアメイトはカナダ人、韓国人、イラン人。
日本にいたら出会うことのなかった人たちと同じ屋根の下で暮らすことになった。
キッチンで顔を合わせる。
リビングで雑談する。
洗濯や掃除のルールを確認する。
そんな日常の中で自然と英語を使う機会が増えていった。
契約書にサインした瞬間、
「本当に海外で生活が始まるんだ」
という実感が湧いた。
英語は勉強ではなく生活だった
生きるために必要だった
住所を伝える。
家賃を払う。
買い物をする。
仕事を探す。
銀行口座を作る。
全て英語だった。
学校のテストではない。
生活そのものだった。
だから覚えた。
だから話した。
だから少しずつ上達した。
今思えば、英語力を伸ばした最大の理由は、
「自分事になったこと」
だったと思う。
あの経験が今につながっている
TOEIC695より価値がある経験
帰国後、最終的にTOEICは695点になった。
しかし私の財産は点数ではない。
英語が苦手でも海外で部屋を借りて生活できた経験だ。
あの日の私は英語ができたわけではない。
ただ挑戦しただけだった。
それでも何とかなった。
だから今、52歳になった私も思う。
人生は何歳からでもやり直せる。
英語も同じだ。
完璧になってから始める必要はない。
始めるから成長する。
私はそう信じている。
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あの日、初めて英語で部屋を借りた経験は、英語力以上に「自分で人生を切り開く力」を教えてくれました。
そして今も私は、新しい挑戦を続けています。
私は人生の次の季節に向けて準備している。
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