失業手当を受けながら感じた日本の制度

失業手当を受けながら感じた日本の制度

仕事を辞めたとき、多くの人が最初に考えるのは、

「これからどうやって生活していこう?」

ということではないでしょうか。

毎月入ってきていた給料がなくなる。

家賃や光熱費、食費は待ってくれない。

税金や社会保険料もある。

そして何より、「次の仕事がすぐ見つかる」という保証はありません。

僕自身、これまでの人生で仕事を失った経験があります。

そのときに利用したのが、いわゆる「失業手当」です。

正式には雇用保険の「基本手当」。

当時は生活を維持するための大切なお金として受け取っていましたが、今になって振り返ると、単にお金をもらう制度というだけではなかったんだなと思います。

そこには、日本という国が「失業」というリスクをどう考えているのかが見えていました。

失業手当は「生活を支えるため」の制度

厚生労働省によると、雇用保険の基本手当は、失業中の生活を安定させながら、求職活動をしやすくし、できるだけ早く再就職してもらうことを目的としています。

つまり、

「仕事がなくなったから、とりあえずお金を配ります」

という制度ではありません。

仕事を失った人が、生活を完全に崩してしまう前に次の仕事を探せるようにする。

そのためのセーフティネットです。

もちろん、受給するには条件があります。

退職した人なら誰でも無条件に受け取れるわけではありません。

原則として、離職前の一定期間に雇用保険へ加入していたことなど、受給資格を満たす必要があります。

また、ハローワークで求職の申し込みを行い、失業の認定を受けながら求職活動を続ける必要があります。

こうして見ると、失業手当は「失業した人へのご褒美」ではありません。

働いているときに加入していた雇用保険を、必要になったときに利用する。

そう考えると、むしろ「保険」という言葉の意味がよく分かります。

実際に受け取ってみると分かること

僕が失業手当を受けていたときに感じたのは、

「これがあるだけで、精神的な余裕が全然違う」

ということでした。

もちろん、給料をそのまま補償してくれるわけではありません。

失業前の収入より少なくなることもあります。

それでも、毎月まったく収入がない状態と、一定の給付がある状態では、次の仕事を探すときの気持ちが違います。

焦って、

「どんな仕事でもいいから、とにかく働かなければ」

となってしまうのを、少しだけ防いでくれる。

これはかなり大きいと思います。

人間は、お金がなくなると冷静な判断が難しくなります。

家賃が払えない。

食費がない。

貯金が減っていく。

そんな状態になれば、長期的なキャリアよりも「今日をどうするか」が優先されます。

だからこそ、失業した人に一定期間の生活保障をすることには意味があります。

ただし「制度がある=安心」ではない

一方で、実際に制度を利用すると、

「もう少しこうだったらいいのにな」

と思う部分も出てきます。

失業手当には支給期間があります。

いつまでも受け取れるわけではありません。

また、自己都合退職などの場合には、待期期間や給付制限があります。

現在は、2025年4月1日以降の退職について、自己都合退職の給付制限は原則1か月となっていますが、一定の場合には3か月となることもあります。

つまり、

「失業したら、とりあえず失業手当があるから大丈夫」

というほど単純ではありません。

生活費が高ければ、給付を受けていても不安は残ります。

特に50代になると、話はさらに変わってきます。

20代や30代なら、

「次の会社を探そう!」

と比較的切り替えやすいかもしれません。

しかし、50代になると、年齢を理由に応募できる求人が限られたり、これまでの経験がそのまま次の仕事につながらなかったりすることもあります。

「働く意思がある」

ことと、

「すぐに働ける仕事が見つかる」

ことは、同じではありません。

ここには、制度だけでは解決できない問題があります。

ハローワークで感じた「制度と現実」の距離

失業手当を受けるためには、ハローワークで手続きをして、失業認定を受けながら求職活動を続けます。

現在も原則として4週間に1度、失業認定を受ける仕組みになっています。

こうした仕組みを経験すると、

「日本には、ちゃんと失業した人を支える制度があるんだな」

と感じる一方で、

「でも、この制度だけで人生を立て直すのは簡単ではないな」

とも思います。

制度は必要です。

でも、制度だけでは人の人生そのものを立て直せません。

仕事が見つからない理由は人それぞれです。

年齢かもしれない。

スキルかもしれない。

家庭の事情かもしれない。

会社との相性かもしれない。

あるいは、長年働いてきたことで疲れ切ってしまっているのかもしれません。

だから本当に必要なのは、

「お金を給付すること」

だけではなく、

「もう一度働くためにどう支えるか」

まで含めた仕組みなのではないでしょうか。

失業したからこそ見えた「セーフティネット」の意味

僕は、失業手当を受けた経験があるからこそ、セーフティネットの大切さを実感しています。

普段、働いているときにはあまり意識しません。

毎月給料が振り込まれている。

家賃を払える。

食事ができる。

普通に生活できる。

そんな状態では、社会保障制度のありがたさを考える機会も少ない。

ところが、一度その「普通」が崩れると分かります。

人間は、思っている以上に簡単に生活基盤を失うことがある。

そして、そのときに支えてくれる制度があるかどうかで、その後の人生は大きく変わります。

だから僕は、セーフティネットを「甘え」とは思いません。

むしろ、誰にでも起こり得るリスクに対して、社会全体で備える仕組みだと思っています。

ただし、ここからが大事です。

失業手当を実際に利用した経験から考えていくと、

「では、働けなくなったもっと先の生活はどうなるのか?」

という疑問が出てきます。

失業中は雇用保険があります。

では、年齢を重ねて働くことが難しくなったときには?

そのとき、僕たちを支える制度は何なのか。

そして、その制度は一体、

誰のために存在しているのでしょうか。

次回は、僕自身も50代になって改めて考えるようになった、

「年金制度は誰のためにあるのか」

について書いてみたいと思います。