英語が通じて涙が出そうになった話|AT&Tへの電話で救われた27歳

英語は話せなくても何とかなる。でも電話だけは別だった

カナダへ渡った27歳の私は、英語が決して得意ではなかった。

出国前のTOEICは405点程度。

バンクーバーで1か月だけ語学学校に通ったものの、自信など全くなかった。

それでも何とか生活を始め、銀行口座を作り、携帯電話を契約し、エドモントンへ移動した。

ところが問題が発生した。

携帯電話会社AT&Tに登録した住所が、バンクーバーのままだったのだ。

さらに当時はビザ延長の手続きにも不安を抱えていた。

英語も不安。

お金も不安。

将来も不安。

そんな状態だった。

英語で電話をする恐怖

今ならLINE通話やチャットがある。

しかし2000年当時は違った。

何か手続きをするなら電話だった。

しかも電話英語は対面よりはるかに難しい。

表情も見えない。

ジェスチャーも使えない。

聞き取れなかったら終わり。

私は電話をかける前に何度も紙にセリフを書いた。

住所変更で言いたかったこと

  • バンクーバーからエドモントンへ引っ越したこと
  • 新しい住所
  • 登録情報を変更してほしいこと

ただそれだけだった。

しかし当時の私には、それだけが大仕事だった。

何度も紙を見返しながら深呼吸した。

そして意を決して電話をかけた。

聞き取れない。でも必死だった

電話がつながった。

相手は当然ネイティブスピーカーだ。

最初の挨拶から緊張した。

途中で何度も聞き取れなかった。

「Sorry?」

「Could you say that again?」

そんな言葉を何度も使った。

今振り返れば決してスマートではない。

でも必死だった。

分からないまま電話を切るわけにはいかなかった。

最後に言われた一言

やり取りが終わった後、担当者が言った。

「Okay. Everything is updated.」

その瞬間だった。

私は本当に涙が出そうになった。

通じた。

ちゃんと伝わった。

電話の向こうの相手が理解してくれた。

たったそれだけのことだった。

でも当時の私には大事件だった。

英語力より大事だったこと

後になって思う。

あの時必要だったのは完璧な英語ではなかった。

必要だったのは、

「通じるまで諦めないこと」

だった。

英語ができる人になってから海外へ行くのではない。

海外へ行ったから英語を使わざるを得なくなった。

だから少しずつ話せるようになった。

私はカナダで何度も失敗した。

聞き返されたこともある。

理解できなかったこともある。

それでも逃げなかった。

だから何とかなった。

英語は勉強ではなく自分事だった

今、英語学習で悩んでいる人も多いと思う。

私もそうだった。

単語帳を開いても続かない。

文法書を読んでも頭に入らない。

でも海外で部屋を借りる。

仕事を探す。

携帯電話の住所変更をする。

そんな状況になると話は別だった。

英語は勉強ではなく「自分事」になる。

そして自分事になった瞬間、人は驚くほど学ぶ。

あの日のAT&Tへの電話は、私にそれを教えてくれた。

英語が通じて涙が出そうになった日だった。

でも本当は、英語ではなく自分自身の可能性を少し信じられた日だったのかもしれない。


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