IELTS 5.5の壁にぶつかった28歳
ニュージーランドでのワーキングホリデー生活は順調に見えていた。
果樹園で働き、ワイナリーレストランでも仕事を得て、多国籍の人たちと交流しながら生活していた。
英語もカナダ時代よりは確実に伸びていた。
しかし、そんな私の前に立ちはだかったのが「IELTS5.5」という壁だった。
今振り返ると、それは単なる英語試験ではなかった。
人生の選択肢と現実を突きつけられた出来事だったのである。
英語をもっと伸ばしたいと思った
ニュージーランド生活が落ち着いてきた頃、私は考えるようになった。
「このまま働くだけで終わっていいのだろうか」
カナダでも感じていたことだが、英語圏で生活していると、英語ができる人ほど選択肢が増える。
仕事もそうだ。
学びもそうだ。
出会う人もそうだった。
私は高校卒業後、浪人生活を送り、日本では店長や現場仕事を経験してきた。
それなりに社会経験はあった。
しかし海外では、英語力がなければその経験を十分に活かせない。
だからこそ私は、ニュージーランドで学校へ進む可能性を考え始めた。
IELTSという存在を知る
その時に必要だったのがIELTSだった。
IELTSは英語圏への進学や就職で広く使われる英語試験である。
私は当時、
「5.5あれば入学できる」
という話を聞いた。
今ならネットですぐ調べられる。
しかし当時は情報も少なく、自分で動いて集めるしかなかった。
学校へ問い合わせたり、資料を取り寄せたりしながら調べた。
そこで見えてきたのが現実だった。
必要スコアは5.5
私が考えていたコースではIELTS5.5が必要だった。
数字だけ見ると簡単そうに見えるかもしれない。
しかし当時の私には高い壁だった。
カナダへ行く前のTOEICは405点。
帰国後の最高でも695点。
英語が嫌いではない。
むしろ好きだった。
それでも試験英語となると話は別だった。
実際に受験してみた結果
私は挑戦した。
結果は5.0。
あと少し。
しかし、その「あと少し」が遠かった。
スポーツでも資格試験でもそうだが、あと少しが一番悔しい。
4.0なら諦めもつく。
だが5.0だと、
「もう少し頑張ればいけるのではないか」
と思ってしまう。
私は何度も結果表を見た。
そして現実を受け入れた。
英語力だけの問題ではなかった
今なら分かる。
問題は英語力だけではなかった。
お金だった。
当時、外国人留学生の学費は現地学生よりかなり高かった。
記憶では数倍近い差があった。
つまりIELTS5.5を取ったとしても、その先には学費という壁があったのである。
試験だけ突破すれば未来が開けるわけではなかった。
人生はいつも複合問題だった。
それでも挑戦した意味
結果だけ見れば不合格だった。
目標達成とは言えない。
しかし私は無駄だったとは思っていない。
なぜなら、この経験によって一つの事実を知ったからだ。
英語は才能ではない
カナダへ行った時の私はTOEIC405だった。
海外ドラマもほとんど理解できない。
ネイティブの会話も聞き取れない。
それでもカナダで働き、ニュージーランドでも働いた。
銀行口座も作った。
税番号も取得した。
部屋も借りた。
仕事も探した。
つまり英語は完璧になってから使うものではなかった。
使うから伸びるものだった。
そのことを海外生活が教えてくれた。
挑戦した経験は残る
IELTS5.5は取れなかった。
しかし挑戦した事実は残った。
もし受験すらしていなければ、
「本当は行けたかもしれない」
という後悔だけが残っていただろう。
私は失敗した。
だが経験は手に入れた。
そして今、その経験がこうして記事になっている。
人生は不思議だ。
当時は悔しかった出来事が、20年以上経ってコンテンツになる。
だから挑戦は無駄にならない。
今の自分から28歳の自分へ
52歳になった今でも思う。
人生は思い通りにならない。
IELTS5.5もそうだった。
ワークビザの話もそうだった。
その後の人生も順風満帆ではなかった。
自己破産も経験した。
失敗も繰り返した。
それでも私は思う。
挑戦しなかった人生より、挑戦して失敗した人生の方が面白い。
話のネタになるからだ。
人は成功談よりも失敗談に共感する。
そして、実際に行動した人の言葉には重みがある。
28歳の私はIELTS5.5の壁を越えられなかった。
だが、その挑戦は確実に今の私につながっている。
もし今、何かに挑戦しようか迷っている人がいるなら伝えたい。
結果よりも、挑戦した事実の方が長く残る。
私はそう信じている。
次回予告
IELTS5.5には届かなかった。
それでもニュージーランド生活は続いた。
そして私は、ある国の文化に驚くことになる。
それは、日本ではあまり考えられない「休むこと」に対する価値観だった。
次回は、
「世界には“イヤーオフ”が普通の国があった」
をお届けしたい。
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