ワイナリーレストランの日々|28歳、日本人ワーホリが見たニュージーランドの働き方

ワイナリーレストランの日々|28歳、日本人ワーホリが見たニュージーランドの働き方

ニュージーランドでのワーホリ生活が始まった頃、私は果樹園で働いていた。

リンゴ、オリーブ、スクワッシュ、ブドウ。

自然に囲まれた生活は新鮮だったが、ずっと続けるつもりはなかった。

そんなある日、人生は思わぬ方向へ動き出す。

きっかけは、まさかの路上だった。

道で話しかけた相手が仕事を紹介してくれた

当時の私はニュージーランド北島のハブロックノース周辺に住んでいた。

ある日、街を歩いていた時のこと。

私はたまたま話をした相手に仕事を探していることを伝えた。

すると、その人はニュージーランド政府系の就職支援機関「Work and Income」に勤務している人だった。

日本なら考えられない話かもしれない。

だがニュージーランドでは、人との雑談から仕事につながることがある。

その場で紹介してもらったのが、地元のワイナリーレストランだった。

英語力より行動力だった

当時の私の英語力は決して高くなかった。

カナダで1年生活したとはいえ、流暢とは程遠い。

それでも紹介されたレストランへ行き、面接を受けた。

結果は採用。

振り返ると、英語力よりも行動力だったと思う。

声をかける。

話をする。

紹介されたら行ってみる。

海外では、この単純な行動が人生を動かすことがある。

ワイナリーレストランでの仕事

採用された私はレストランの厨房で働くことになった。

仕事内容は幅広かった。

シェフの補助

仕込みを手伝う。

皿を準備する。

掃除する。

日本の飲食店と大きく違うわけではない。

ただし働いている人たちの雰囲気はずいぶん違った。

可愛い小さなレストラン。穏やかな時間が過ぎる

仕事中は真剣だが、どこか余裕がある。

そんな印象だった。

ハーブを採りに行く仕事もあった

面白かったのは、料理で使うハーブを取りに行くことだった。

レストランの周辺には豊かな自然が広がっていた。

必要なハーブを摘み取り、厨房へ持ち帰る。

日本では経験したことのない仕事だった。

自然と食が近い。

ニュージーランドらしい働き方だと思った。

レモンの皮を削るゼスト作業

レモンの皮を削る作業も担当した。

料理を作るわけではない。

だが、料理の完成には必要な仕事だった。

海外で働くと分かる。

どんな仕事にも意味がある。

地味な作業でも、誰かがやらなければ店は回らない。

お客さんも働く人もどこか余裕があった

このレストランにはハブロックノース周辺の比較的裕福な人たちが訪れていた。

ワインを楽しみながら食事をする。

日本のファミリーレストランとは少し違う空気感だった。

高校生ウェイトレスとの会話

当時働いていたウェイトレスの中には高校生もいた。

その一人が将来は大学へ進学したいと話してくれた。

確かビクトリア大学を目指していたと思う。

日本なら受験勉強の話になるかもしれない。

だが彼女たちは将来や人生について自然に話していた。

海外では若い頃から自分の意見を持つ人が多い。

それも私には新鮮だった。

ニュージーランドで感じた「人生の余白」

ニュージーランドに来て感じたことがある。

それは人生に余白があることだ。

日本にいた頃の私は、どこか焦っていた。

学歴。

仕事。

収入。

将来。

常に何かに追われていた気がする。

しかしニュージーランドでは違った。

目の前の仕事をする。

休日は楽しむ。

家族や友人との時間を大切にする。

そんな生き方をしている人が多かった。

もちろん全員ではない。

だが、少なくとも私にはそう見えた。

世界には違う価値観がある

海外へ行く最大の価値は英語ではないのかもしれない。

世界には違う価値観があると知ることだ。

日本だけが正解ではない。

働き方も生き方も一つではない。

そのことをニュージーランドは教えてくれた。

あの経験が今につながっている

28歳だった私は将来に大きな不安を抱えていた。

英語も中途半端。

お金も十分ではない。

将来も見えていない。

それでも海外へ出た。

だから見えた景色があった。

だから出会えた人たちがいた。

そして今、52歳になった私は再び人生を立て直そうとしている。

あの頃と同じように不安もある。

だが一つだけ違う。

人生は何とかなる瞬間があることを知っている。

ニュージーランドのワイナリーレストランで過ごした日々は、そのことを教えてくれた大切な時間だった。

次回は、ニュージーランドでぶつかった大きな壁について書こうと思う。

「IELTS5.5の壁にぶつかった話」である。

海外で学ぶ夢を持っていた私を待っていた現実とは何だったのか。

その話は次回の記事でお伝えしたい。

「28歳、残金20万円でニュージーランドへ」

「果樹園で働いた日本人ワーホリの現実」

「オールブラックスしか興味ないNZ人(笑)」


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