お金がない人ほど人生をやり直せない社会(前半)
目次 閉じる
「やり直せる社会」は本当に存在するのか
「人生は何度でもやり直せる。」
そんな言葉を耳にすることがあります。
確かに、その言葉に救われる人もいるでしょう。
しかし現実には、お金がある人とない人では、「やり直すためのスタートライン」そのものが大きく違います。
転職するにも、資格を取るにも、引っ越すにも、病気を治療するにも、お金が必要です。
つまり、「やり直す自由」は、経済的な余裕によって左右される場面が少なくありません。
もちろん、お金がなくても人生を立て直した人はいます。
ですが、それは本人の努力だけではなく、周囲の支援や運、タイミングなど、さまざまな条件が重なった結果でもあります。
「努力すれば誰でもやり直せる」と単純に言い切ることは、多くの人の現実を見落としてしまう危険があります。
この記事では、「お金がない人ほど人生をやり直しにくい社会」という視点から、その背景を考えてみたいと思います。
お金がないと「選択肢」が減っていく
転職にもお金が必要
転職は人生を変えるきっかけになります。
しかし実際には、
- 次の仕事が決まるまでの生活費
- 引っ越し費用
- スーツ代
- 面接交通費
- 資格取得費用
など、想像以上にお金がかかります。
貯金が十分にあれば、「少し休んでから次を考えよう」という選択もできます。
一方で生活費がギリギリの人は、「今の仕事を辞めたら生活できない」という理由だけで、心身をすり減らしながら働き続けるケースもあります。
つまり、お金の余裕は「自由」の余裕でもあるのです。
学び直しにも壁がある
近年は「リスキリング」という言葉をよく耳にします。
新しいスキルを身につけ、キャリアを広げようという考え方です。
もちろん素晴らしい取り組みですが、現実には、
- 学費
- 教材費
- 通学費
- 学習時間の確保
など、多くのコストが発生します。
毎日フルタイムで働きながら生活費を工面している人にとって、「勉強する時間を確保すること」自体が難しい場合もあります。
時間もまた、お金と同じように限られた資源なのです。
貧困は「判断力」まで奪ってしまう
目先の生活で精一杯になる
生活が苦しくなると、人は長期的な判断が難しくなることがあります。
「今月の家賃を払えるか。」
「今日の食費をどうするか。」
そんな状態では、5年後や10年後の人生設計まで考える余裕を持つことは簡単ではありません。
海外でも、経済的な困窮が認知機能や判断力に影響を与える可能性があるという研究結果が報告されています。
これは「能力が低い」という話ではありません。
慢性的なストレスや不安によって、人間の思考資源が奪われてしまうということです。
だからこそ、「努力が足りない」と片付けることは適切ではないと私は感じます。
心の健康も失われやすい
経済的不安は、心にも大きな影響を与えます。
将来への不安。
支払いへの恐怖。
家族への申し訳なさ。
誰にも相談できない孤独。
こうした状態が続けば、心身の調子を崩してしまう人がいても不思議ではありません。
働けなくなれば収入はさらに減り、また生活が苦しくなる。
この悪循環から抜け出すことは決して簡単ではありません。
私自身も「やり直し」の難しさを感じてきた
私はこれまで、何度も人生をやり直そうとしてきました。
仕事を変え、海外へ渡り、会社を立ち上げ、新しい挑戦もしてきました。
しかし、そのたびに感じたのは、「挑戦には資金が必要」という現実です。
生活費を気にしながら新しいことを始めるのと、ある程度の余裕を持って挑戦するのでは、精神的な負担がまったく違います。
だから私は、「頑張れば何とかなる」とは簡単には言えません。
もちろん努力は大切です。
しかし、それだけでは越えられない壁があることも、この社会には確かに存在していると感じています。
(後半へ続く)
社会が「挑戦できる人」と「挑戦できない人」を分けている
自己責任だけでは説明できない現実
もちろん、人生には本人の努力が必要です。
しかし、努力だけで乗り越えられない壁もあります。
例えば、病気になれば医療費がかかります。
家族の介護が必要になれば、働く時間は減ります。
突然の失業や災害に見舞われることもあります。
人生には、自分ではどうにもできない出来事が数多く存在します。
それにもかかわらず、「頑張らないからだ」「自己責任だ」と片付けてしまえば、本当に困っている人ほど声を上げられなくなってしまいます。
私はこれまで社会問題について学ぶ中で、「個人の努力」と「社会の仕組み」は分けて考える必要があると感じるようになりました。
努力を否定するのではありません。
努力が報われるための土台を社会が整えることも、同じくらい重要なのではないでしょうか。
「再挑戦できる社会」は誰のためにも必要
人生で失敗しない人はいません。
転職に失敗する人もいます。
事業に失敗する人もいます。
病気になる人もいます。
離婚や介護など、予想もしなかった出来事に直面する人もいます。
だからこそ、一度失敗したら終わりではなく、「もう一度挑戦できる社会」であることが大切です。
それは困っている人だけのためではありません。
今は順調な人も、10年後、20年後には立場が変わっているかもしれないからです。
誰もが安心して再出発できる社会は、すべての人にとって安心につながる仕組みなのだと思います。
私が伝えたいこと
私は自己破産を経験し、事業にも失敗しました。
人生を何度もやり直そうとしてきました。
その中で強く感じたのは、「やり直したい」という気持ちはあっても、お金や環境がそれを許さない場面があるということです。
だから私は、困っている人に対して「もっと頑張れ」と簡単には言えません。
むしろ、「どうすればもう一度立ち上がれる社会になるのか」を考えるほうが建設的だと思っています。
もちろん、最後に一歩踏み出すのは本人です。
ですが、その一歩を踏み出せる場所が社会の中に用意されているかどうかも、同じくらい重要ではないでしょうか。
まとめ
「人生は何度でもやり直せる。」
私はこの言葉自体を否定したいわけではありません。
ただ、その言葉が本当になるためには、挑戦する本人の努力だけではなく、再挑戦を支える社会の仕組みも必要です。
お金がない人ほど選択肢が減り、時間がなくなり、心の余裕まで失われていく。
そんな現実を見過ごしたままでは、本当の意味で「誰もがやり直せる社会」とは言えないでしょう。
だから私は、「努力」と「社会」の両方について考え続けたいと思います。
そして、一人でも多くの人が「もう一度やってみよう」と思える社会になってほしいと願っています。
次回は、「孤独は個人の問題ではなく社会問題だった」というテーマで、現代社会に広がる孤独の背景について考えてみたいと思います。


