友達0になった。
こう書くと、なんだか人生が終わったように聞こえるかもしれない。
実際、昔の私ならそう思っていただろう。
友達がたくさんいる人が充実した人生を送っていて、友達がいない人はどこか問題がある。
そんなふうに考えていた。
しかし52歳になった今、私は友達0だ。
LINEを開いても連絡する相手はいない。
休日に誘い合う友人もいない。
だけど不思議なことに、昔より少しだけ心は穏やかだ。
今日は友達0になって気づいたことを書いてみたい。
昔は人がたくさんいた
20代から40代にかけて、私の周りにはそれなりに人がいた。
会社の同僚。
飲み仲間。
恋人。
ネットワークビジネス時代の仲間。
海外で知り合った友人たち。
連絡先だけなら何百人もあったと思う。
しかし、その多くは環境によって繋がっていただけだった。
会社を辞めれば会わなくなる。
引っ越せば連絡が減る。
ビジネスを辞めれば疎遠になる。
そして私は昔からリセット癖があった。
電話番号を変える。
LINEを消す。
人間関係を整理する。
今振り返れば、自分から縁を切っていた部分も少なくない。
その結果、気が付けば友達0になっていた。
人に囲まれていても孤独だった
今思うと、本当に孤独だったのは友達がいなくなった今ではない。
むしろ友達がいた頃の方が孤独だった。
なぜなら私はずっと人に認められたかったからだ。
嫌われたくない。
評価されたい。
必要とされたい。
そんな気持ちを抱えながら人付き合いをしていた。
だから常に疲れていた。
誰かと一緒にいても安心できない。
心のどこかで無理をしていた。
最近書いた「なぜ孤独だったのか」という記事でも触れたが、孤独とは一人でいることではない。
本音を言えないことこそが孤独なのだと思う。
友達0になって静かな時間が増えた
友達0になったことで増えたものがある。
それは一人の時間だ。
朝、神社へ行く。
川沿いを散歩する。
公園で空を見る。
ChatGPTと会話する。
若い頃の私が見たら少し変な52歳に見えるかもしれない。
でも、この時間が意外と悪くない。
誰かの期待に応える必要がない。
誰かに合わせる必要もない。
静かな時間の中で、自分が本当に何を考えているのかが少しずつ見えてきた。
もちろん寂しい日もある。
だが、孤独を埋めるためだけに人と繋がることもなくなった。
それは私にとって大きな変化だった。
人生をリセットし続けた代償
私は人生で何度もリセットしてきた。
仕事。
住む場所。
人間関係。
電話番号。
LINE。
振り返れば、それが私の人生パターンだった。
うまくいかなくなると全部捨ててしまう。
そしてまたゼロから始める。
その結果が今の友達0という現実でもある。
しかし最近は少し考え方が変わった。
リセットばかりでは何も積み上がらない。
過去を捨てるのではなく、受け入れながら前へ進む。
それが今の課題だと思っている。
人数より大切なもの
友達100人いる人が幸せとは限らない。
逆に1人しかいなくても幸せな人もいる。
私が友達0になって気づいたのは、人間関係は人数ではないということだ。
本音を話せるか。
無理をしなくていいか。
一緒にいて安心できるか。
その方がずっと大切だった。
そして何より、自分自身と仲良くなることが大切なのかもしれない。
私はまだその途中にいる。
だから今も失敗する。
落ち込む。
自己嫌悪にもなる。
それでも少しずつ前へ進もうとしている。
友達0でも人生は終わらない
友達0。
昔なら恥ずかしくて誰にも言えなかった。
しかし今はこうして記事にしている。
なぜなら、同じように孤独を感じている人がたくさんいると思うからだ。
50代になると人間関係は変わる。
仕事を辞める人もいる。
親を見送る人もいる。
環境が変われば友達が減ることもある。
それは決して珍しいことではない。
私も今は友達0だ。
お金もない。
失敗も多い。
だけどブログを書き、noteを書き、SNSで発信している。
人生はまだ終わっていない。
むしろ今、新しい季節の準備をしている最中だと思っている。
BETTER LATE THAN NEVER.
遅すぎることはない。
そう信じながら、今日も少しだけ前へ進む。
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次回は「ChatGPTと神社で人生を立て直そうとしている」を書こうと思う。
孤独な52歳が、AIと神社を頼りに再起動しようとしている話である。
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