私たち氷河期世代が失った30年

私たち氷河期世代が失った30年【前半】

「失われた30年」は経済だけの話ではなかった

「失われた30年」と聞くと、多くの人は日本経済の停滞を思い浮かべるでしょう。

バブル崩壊後、日本は長いデフレに入り、賃金は伸びず、経済成長も停滞しました。

しかし、その30年で本当に失われたものは、お金や景気だけだったのでしょうか。

私は違うと思っています。

本当に失われたのは、多くの人の「人生の選択肢」だったのではないでしょうか。

その中心にいたのが、私たち就職氷河期世代です。

卒業しても正社員になれない。

やっと就職できても低賃金。

非正規雇用が当たり前。

結婚や子育てを諦めた人も少なくありませんでした。

もちろん、努力して道を切り開いた人もいます。

ですが、「努力すれば誰でも報われた時代」ではなかったことも事実です。

だからこそ、この30年は経済だけでなく、多くの人の人生そのものを変えてしまった30年だったと私は感じています。


氷河期世代は「自己責任」の象徴にされた

私たちが社会へ出た頃、日本ではこんな言葉が当たり前のように使われていました。

「努力が足りない。」

「自己責任。」

「やる気があれば仕事はある。」

仕事がない時代なのに、仕事を選んでいると言われる。

非正規しか採用がないのに、「正社員になれないのは本人の問題」と言われる。

今振り返れば、あまりにも厳しい時代でした。

もちろん、努力が必要なのは今も変わりません。

私自身も、高校卒業後に新聞配達をしながら浪人生活を送り、その後もさまざまな仕事に挑戦してきました。

27歳でカナダ、28歳でニュージーランドへ渡り、英語も一から学びました。

会社員、飲食店、海外生活、起業…。

失敗も成功も経験しました。

だからこそ言えるのです。

人生は努力だけでは決まらない。

社会や時代の影響を大きく受けることがある、と。

努力を否定したいわけではありません。

しかし、努力だけで説明しようとすると、多くの人の苦しみが見えなくなってしまいます。


私たちは何を失ってしまったのか

氷河期世代が失ったものは、一つではありません。

収入。

昇進の機会。

将来への安心。

家庭を持つタイミング。

挑戦する余裕。

そして何より、「希望」を持ち続ける力です。

20代で正社員になれなかった人は、その後も非正規を転々とするケースが少なくありませんでした。

景気が回復しても、一度できた格差は簡単には埋まりません。

気が付けば40代、50代。

ようやく社会が就職氷河期世代を支援すると言い始めた頃には、多くの人が人生の折り返し地点を迎えていました。

「あと20年早ければ。」

そんな思いを抱いた人もいるでしょう。

もちろん、今さら過去を変えることはできません。

でも、「何が起きていたのか」を知ることには意味があります。

歴史を振り返ることは、未来で同じ失敗を繰り返さないためでもあるからです。


「失われた30年」は数字では測れない

GDPや株価はニュースになります。

でも、人生は数字だけでは測れません。

夢を諦めた人。

結婚を諦めた人。

子どもを持つことを諦めた人。

親の介護と生活に追われた人。

心を壊してしまった人。

こうした一人ひとりの人生は、経済指標には表れません。

だからこそ、「失われた30年」という言葉だけでは伝えきれない現実があります。

私たち氷河期世代が失ったものは、お金だけではありませんでした。

人生の可能性そのものが少しずつ削られていった30年だったのです。

そして、その経験は今も私たちの心のどこかに残っています。

だから次回は、その心に深く刻まれた言葉について考えてみたいと思います。

それは、多くの氷河期世代が何度も耳にしてきた、たった一言です。

「頑張れ」。

その言葉は、なぜ私たちを励ますどころか、苦しめることになってしまったのでしょうか。

(後半へ続く)

私たちは「失われた世代」では終わらない

ここまで読むと、「結局、氷河期世代は不幸だった」という話に聞こえるかもしれません。

しかし、私はそうは思っていません。

確かに、私たちは厳しい時代を生きてきました。

就職、転職、賃金、結婚、老後。

何を考えても簡単ではありませんでした。

それでも、その経験があったからこそ見える景色もあります。

私自身、人生で何度も失敗を重ねてきました。

会社を辞め、海外へ渡り、起業にも挑戦し、大きなお金を失ったこともあります。

52歳になった今、ブログやnoteで情報発信を続けているのも、「あの経験には意味があった」と信じたいからです。

もし順風満帆な人生だったら、今のような発信はできなかったでしょう。

遠回りした人生だからこそ、伝えられることがあります。


次の30年は、自分たちでつくっていく

社会は少しずつ変わっています。

終身雇用は当たり前ではなくなり、副業やフリーランス、個人で情報発信することも珍しくありません。

AIの登場によって、一人でも仕事を生み出せる時代になりました。

もちろん、誰もが簡単に成功できるわけではありません。

それでも、「会社に人生を預けるしかない」という時代ではなくなったことは、大きな変化だと思います。

私たち氷河期世代は、社会の変化に翻弄されてきた世代でした。

だからこそ、変化に適応する力も身につけてきました。

これから先の人生は、過去を嘆くだけではなく、新しい時代にどう向き合うかが大切なのではないでしょうか。


過去は変えられない。でも未来は変えられる

「もっと早く生まれていたら。」

「景気が良い時代だったら。」

そんなことを考えた日は、一度や二度ではありません。

でも、過去は変えられません。

変えられるのは、今日からの行動だけです。

情報発信を始めるのもいい。

新しい資格に挑戦するのもいい。

健康を取り戻すことでもいい。

どんなに小さな一歩でも、それは未来につながっています。

氷河期世代は、多くのものを失ったかもしれません。

しかし、人生まで失ったわけではありません。

私はそう信じています。

そして、この世代が経験してきた苦しみや葛藤を発信することには、大きな意味があります。

同じように苦しんできた誰かが、「自分だけじゃなかった」と思えるかもしれないからです。

まとめ

「失われた30年」は、日本経済だけの話ではありませんでした。

そこには、希望を持ちにくかった時代を生きた人たちの人生があります。

就職できなかった悔しさ。

努力が報われなかった虚しさ。

自己責任という言葉に苦しめられた日々。

それでも私たちは、生き抜いてきました。

だからこそ、これからの30年は、自分たちの手で少しずつ取り戻していけばいい。

私は、このブログを通して、その一歩を積み重ねていきたいと思っています。

次回は、多くの氷河期世代の心に深く残っている、あの言葉について考えます。

「頑張れ」が一番苦しかった世代。

励ましのはずだったその言葉は、なぜ私たちを追い詰めてしまったのでしょうか。

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