それでも朝は来た。立ち上がると決めた朝

「もう終わりだ」と思った夜の翌朝

人生には、「もう終わりだ」と本気で思う夜がある。

私にも何度もあった。

300万円以上の暗号資産詐欺に遭った時。
自己破産を経験した時。
会社を休眠させた時。
所持金が5円になった時。
何をやってもうまくいかず、自分自身が嫌になった時。

夜になると、不安ばかりが頭の中を駆け巡る。

「これからどうしよう。」
「52歳で何ができるんだ。」
「もう人生をやり直すのは無理じゃないか。」

そんなことばかり考えていた。

だけど、不思議なことに朝は必ず来る。

そして私は、その朝に一つだけ決めたことがある。

「今日だけは立ち上がろう。」

それだけだった。


夜に人生は変わらない

夜は悲観的になる

夜中になると、人は未来を悪く考えてしまう。

私も例外ではない。

眠れない夜が続き、生活リズムは崩れ、自己嫌悪だけが積み重なっていく。

「また同じことを繰り返した。」
「なんで自分は変われないんだ。」

そんな日記を書いたことも何度もある。

でも、今振り返ると分かる。

夜に考えた結論のほとんどは間違っていた。


朝になると少しだけ景色が変わる

朝になって神社へ歩く。

川沿いを散歩する。

公園で深呼吸する。

腕立て伏せを数回する。

たったそれだけなのに、昨日の絶望が少しだけ小さく見える。

問題が解決したわけではない。

それでも「今日はやってみようかな」と思える。

その小さな変化が、人生を少しずつ前へ進めてくれた。


大きな一歩ではなく、小さな行動だった

人生を変えたのは派手な挑戦ではない

若い頃は、「人生を変えるには大きな決断が必要だ」と思っていた。

海外へ行くこと。
会社を辞めること。
独立すること。

もちろん、それらも人生を変えた。

でも52歳になって気付いた。

本当に人生を変えるのは、もっと小さな行動だった。

朝起きる。

シャワーを浴びる。

神社へ行く。

ブログを書く。

noteを書く。

ChatGPTを開く。

英単語を10個覚える。

そんな当たり前の積み重ねだった。


完璧を目指さない

私は何度も「今日から完璧にやろう」と思って失敗してきた。

だから今は違う。

70点でもいい。

半分でもいい。

昨日より少しだけ前へ進めば、それで十分。

続けることの方が、完璧よりずっと価値がある。


52歳で見つけた「再起動」の方法

最近の私は毎朝ほぼ同じことをしている。

神社へ行く。

散歩する。

ブログを書く。

noteを書く。

AIで学ぶ。

英語に触れる。

どれも特別なことではない。

でも、この積み重ねが心を少しずつ整えてくれる。

昔は「人生を変えたい」と焦っていた。

今は「今日を整えよう」と考えている。

その方が結果として人生は変わる。


朝が来る限り、人生は終わらない

私は52歳で人生を3回くらいやり直している。

だから言えることがある。

人生は、一度失敗したくらいでは終わらない。

二度でも終わらない。

三度でも終わらない。

朝が来る限り、もう一度立ち上がるチャンスはある。

もちろん、今でも落ち込む日はある。

夜になると不安になることもある。

それでも朝になれば神社へ向かい、歩き、パソコンを開き、「今日も記事を書こう」と思える。

それだけで十分だ。

人生は劇的には変わらない。

でも、小さな朝の積み重ねは、数か月後、数年後には想像以上の景色を見せてくれる。

私はそう信じている。


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次回予告

次回は、

「人生は失敗した人ほど面白い」

について書こうと思います。

挑戦したから失敗した。
失敗したから語れる。
そして、その経験が誰かの希望になる。

そんなことを、私自身の人生を通してお伝えします。