日本人は「権利」を知らないまま大人になる
はじめに
「日本人は権利ばかり主張する。」
そんな言葉を耳にしたことがある人も多いだろう。
しかし私は逆ではないかと思っている。
日本人は、自分の権利を知らないまま大人になる人が多い。
もちろん、権利だけを振りかざして義務を無視することは問題だ。
しかし、自分が何を保障されているのかを知らないまま社会へ出ることも、同じくらい大きな問題ではないだろうか。
私は52年間生きてきて、何度も会社を辞め、海外へ行き、自己破産を経験し、失業手当や社会保障制度にも助けられてきた。
だからこそ思う。
「知っているか知らないか」で人生は大きく変わる。
今回は、日本人がなぜ「権利」を知らないまま大人になるのかについて考えてみたい。
権利は「わがまま」ではない
学校では義務を先に教わる
子どもの頃を思い出してほしい。
学校で何度も言われた言葉は何だっただろう。
- ルールを守りなさい
- 先生の言うことを聞きなさい
- 我慢しなさい
- 協調性を持ちなさい
もちろん、社会生活には必要なことだ。
しかし一方で、
「あなたにはこんな権利があります。」
という授業は驚くほど少ない。
日本国憲法には、
- 幸福追求権
- 表現の自由
- 思想・信条の自由
- 教育を受ける権利
- 生存権
など、多くの権利が定められている。
ところが、多くの人は名称だけ覚えて卒業してしまう。
そして社会へ出る頃には、
「そんな権利があったっけ?」
という状態になっている。
権利を知ることは社会を良くすること
権利という言葉を聞くと、
「自己中心的」
というイメージを持つ人もいる。
しかし本来の権利とは違う。
権利とは、
一人ひとりが人間らしく生きるために保障されたものだ。
例えば、
ブラック企業で長時間労働を強いられた人。
パワハラを受け続けた人。
生活に困窮している人。
こうした人たちは、
「我慢するしかない」
と思い込んでしまうことが少なくない。
もし自分の権利を知っていれば、
相談窓口を利用したり、
制度を活用したり、
環境を変えるという選択肢も見えてくる。
つまり、
権利を知ることは、自分だけでなく社会全体を守ることにもつながる。
私自身も「知らなかった側」の人間だった
海外へ行くまで考えたこともなかった
私は20代後半でカナダ、そしてニュージーランドへワーキングホリデーに行った。
海外で生活して驚いたことの一つが、
「自分の意見を言うことが当たり前」
という文化だった。
日本では、
空気を読むことが美徳。
我慢することが大人。
目立たないことが正しい。
そんな価値観で育ってきた。
しかし海外では違った。
「私はこう思う。」
「それは違うと思う。」
そう発言しても、
人格を否定されるわけではない。
むしろ、
意見を持っていることが自然だった。
私はその違いに戸惑いながらも、
「日本では権利を使う練習をほとんどしてこなかったんだな。」
と感じた。
日本へ戻ってからも同じだった
帰国後も、
私は何度も転職を繰り返した。
会社員。
飲食店。
海外経験。
起業。
そして失敗。
自己破産。
失業。
人生は決して順風満帆ではなかった。
その中で、
失業手当や社会保障制度に助けられたこともある。
正直に言えば、
若い頃の私は、
こうした制度についてほとんど知らなかった。
「使うのは恥ずかしい。」
「迷惑をかける。」
そんな気持ちさえあった。
しかし今は違う。
困ったときに制度を利用することは、
甘えではない。
社会全体で支え合うために用意された仕組みだからだ。
そして、それを利用できることもまた、
私たちに保障された権利の一つなのである。
前編まとめ
日本人は決して権利を主張しすぎているわけではない。
むしろ、
自分にどんな権利があるのかを知らないまま社会へ出る人が多い。
私自身もその一人だった。
海外へ行き、多くの失敗を経験し、制度に助けられたからこそ、
「知ること」の大切さを実感している。
後編では、
なぜ日本では権利について学ぶ機会が少ないのか。
そして、
権利を知ることが「自立」につながる理由について、さらに深く考えていきたい。
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次回(後編)予告
日本ではなぜ「権利」を学ばないまま大人になるのか。そして、権利を知ることは義務から逃げることではなく、自立への第一歩である理由を考えます。
(後編へ続く)


