衝撃データから考える、私たちの勝ち筋
「テレビ離れ」「新聞離れ」という言葉を聞くようになって、もうずいぶん経ちます。
正直に言えば、最初は私も「なんだかんだ言ってもテレビはなくならないでしょ」と思っていました。
実際、テレビ局が明日突然なくなるわけではありません。新聞社も、10年後にすべて消えるわけではないでしょう。
でも、ここ数年のデータを見ていると、私は少し考え方が変わりました。
問題は「テレビや新聞がなくなるかどうか」ではありません。
これまでのように、テレビや新聞だけが世の中の情報の中心であり続けることは難しくなっている。
そして、その変化は私たちが思っている以上に速いのかもしれません。
今回は、いくつかのデータを見ながら、「あと10年でオールドメディアはどう変わるのか」、そして私たち個人はこの変化の中で何をすればいいのかを考えてみます。
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すでに逆転している「テレビ」と「インターネット」の利用時間
まず驚いたのが、総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」です。
令和7年度の調査では、全年代の平均利用時間で、平日・休日ともにインターネット利用時間がテレビのリアルタイム視聴を上回っています。
平日はインターネットが183.9分、テレビが156.1分。
休日もインターネットが192.9分、テレビが189.2分でした。
つまり、「テレビを見る時間より、ネットを見る時間のほうが長い」という状態が、すでに全年代で起きているわけです。
もちろん、これは「テレビが終わった」という意味ではありません。
ただし、昔のように「夜になったらテレビをつける」「ニュースはテレビで知る」という生活スタイルは、確実に変わり始めています。
特に重要なのは、40代以下だけの話ではないことです。
私たち50代も、スマホでニュースを見て、YouTubeを見て、SNSで情報を知るようになりました。
私自身もブログを始め、ChatGPTなどの生成AIを使い始めてから、情報の取り方は明らかに変わりました。
昔ならテレビのニュースを見て「そうなんだ」で終わっていたことでも、今は自分で調べ、海外の情報を探し、AIにも聞く。
情報を「受け取るだけ」の立場から、少しずつ「探して、考えて、発信する側」に変わってきた気がします。
新聞の発行部数は、この10年だけでも大きく減った
新聞はさらに数字がわかりやすいかもしれません。
日本新聞協会のデータによると、新聞の総発行部数は2015年の約5,512万部から、2025年には約2,487万部まで減少しています。
単純比較すると、この10年間で半分以下です。
1世帯あたりの新聞部数も、2025年には0.42部まで低下しました。
これはかなり大きな変化です。
もちろん、紙の新聞を読まなくなったからといって、ニュースそのものが必要なくなったわけではありません。
むしろ逆です。
私たちは昔より大量のニュースを見ています。
ただ、「ニュースを見る場所」が変わった。
新聞からスマホへ。
テレビからYouTubeやSNSへ。
そして最近では、検索エンジンだけでなく、生成AIに質問して情報を整理してもらう時代にもなってきました。
つまり、消えているのは「情報」ではありません。
情報を届けるための、これまでの仕組みそのものが変わっているのです。
お金の流れを見ると、変化はさらにわかりやすい
メディアの未来を考えるとき、私は視聴率や発行部数だけでなく、「広告費」を見ることも重要だと思っています。
なぜなら、民間メディアは基本的にお金がなければ続けられないからです。
電通の「2025年 日本の広告費」によると、日本のインターネット広告費は4兆459億円となり、日本の総広告費に占める割合は初めて50%を超えました。
一方、新聞・雑誌・ラジオ・テレビを合わせたマスコミ四媒体の広告費は2兆2,980億円です。
さらに、ネット広告の中でも動画広告は1兆円を突破しました。
SNSの縦型動画や動画配信サービスへの広告が伸びていることを考えると、企業がお金をどこに移しているのかはかなりわかりやすいと思います。
人が集まる場所に広告費は集まる。
広告費が集まる場所に、新しいビジネスが生まれる。
そして、そこに新しい発信者が現れる。
この流れは、もう止まらないでしょう。
「オールドメディアが終わる」のではなく、主役が入れ替わる
ここで誤解してはいけないのは、「テレビは全部なくなる」「新聞社は全部倒産する」と言いたいわけではありません。
テレビにはライブ性があります。
災害報道やスポーツ、大きな事件などでは、今でも強い影響力があります。
新聞にも、取材力や専門性があります。
むしろこれからは、「何でもテレビで見る」「何でも新聞で読む」という時代が終わり、それぞれの強みがより問われる時代になるのではないでしょうか。
実際、テレビ局自身もネット配信や動画広告へ移行しています。
つまり、本当に起きているのは「オールドメディア対ニューメディア」という単純な戦いではありません。
情報を届ける側が、スマホ中心の世界へ移動している。
これが本質だと思います。
そして、この変化は10年後にはさらに進んでいるはずです。
今の小学生や中学生が30代になる頃、彼らにとって「毎日決まった時間にテレビの前に座る」という習慣は、今の私たちがラジオドラマを聞くような感覚になっているかもしれません。
少し極端かもしれませんが、それくらい生活習慣は変わっています。
私たち個人にとっての「勝ち筋」は何か
ここが一番重要です。
私は、個人にとっての勝ち筋は「有名人になること」ではないと思っています。
YouTube登録者100万人。
Xのフォロワー10万人。
そんな人になれなければ発信する意味がない、と思ってしまうと何も始まりません。
これから必要なのは、むしろ逆です。
自分の経験を、自分の言葉で残しておくこと。
私は50代になってからブログを書き始めました。
人生で成功したことばかりを書いているわけではありません。
むしろ、失敗したこと、仕事が続かなかったこと、お金で苦労したこと、海外へ行ったこと、人生を何度もやり直してきたこと。
そういう経験のほうが多いかもしれません。
昔なら、こうした経験は家族や友人との会話の中で消えていったでしょう。
でも今は違います。
ブログに書けば残る。
noteに書けば誰かに届くかもしれない。
動画にすれば、文章を読むのが苦手な人にも伝えられる。
AIを使えば、専門知識がなくても、昔よりはるかに簡単に発信を始められます。
だから私は、これからの時代の個人の勝ち筋は「情報を持っている人」ではなく、経験を整理して、発信できる人になることだと思っています。
ただし、情報が残る時代だからこそ別の問題もある
ここまで、「自分の経験を発信しよう」「デジタル上に残そう」という話をしてきました。
でも最近、もう一つ考えるようになりました。
ブログ。
SNS。
YouTube。
スマホの中の写真。
メール。
ネット銀行。
サブスク。
そして、数え切れないほどのパスワード。
私たちは気づかないうちに、自分の人生のかなり大きな部分をデジタルの世界に置いています。
では、もし明日、自分が突然いなくなったらどうなるのでしょうか。
家族はスマホを開けるのか。
どこの銀行を使っているのかわかるのか。
毎月引き落とされているサブスクを止められるのか。
ブログやSNSは、誰が管理するのか。
「情報を残すこと」が簡単になった時代だからこそ、「残された情報をどうするのか」という問題も、これから確実に大きくなっていくはずです。
次回は、資産ゼロの私自身が真剣に考えた「デジタル終活」について書いてみたいと思います。
銀行口座より厄介だった。
スマホ、パスワード、サブスク……。
自分がいなくなったあと、残された人を困らせないために、今から何をしておけばいいのか。
これは、お金持ちだけの話ではありません。
むしろ、スマホを1台持っている私たち全員の問題なのかもしれません。
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まとめ
「あと10年でオールドメディアは終わる」と断言することはできません。
ただ、データを見る限り、情報を得る場所、人が時間を使う場所、そして企業がお金を使う場所は、確実に変わっています。
インターネットの利用時間はテレビを上回り、新聞の発行部数は長期的に大きく減少しています。広告費も、ついにインターネットが日本全体の半分を超えました。
でも私は、この変化を「怖い」とだけ思う必要はないと思っています。
テレビ局や新聞社しか発信できなかった時代が終わりつつあるからです。
50代からでも。
専門家ではなくても。
過去に失敗ばかりしてきた人でも。
自分の経験を、誰かに届けることができる。
私たちの勝ち筋は、大きなメディアと同じ土俵で戦うことではありません。
自分にしか語れない経験を、自分の言葉で残していくこと。
オールドメディアが変わっていくこれからの10年。
私は、その変化をただ眺めているより、自分自身も小さな発信者として参加してみたいと思っています。


