自己破産を2回経験して考えたセーフティネット──「やり直せる社会」は本当にあるのか(前半)
私はこれまでの人生で、自己破産を2回経験しました。
この事実を話すと、「大変でしたね」と言われることもあれば、「自己責任でしょう」と言われることもあります。
もちろん、自分自身の判断が原因だった部分もあります。
だから責任から逃げるつもりはありません。
でも、人生は必ずしも努力だけではどうにもならない出来事が起こります。
病気、失業、会社の倒産、投資の失敗、家族の事情…。
誰でも、一歩間違えれば生活が崩れてしまう可能性があります。
そんなときに支えてくれる仕組みが「セーフティネット」です。
今回は、自分自身の経験も踏まえながら、日本のセーフティネットについて考えてみたいと思います。
自己破産は人生の終わりではなかった
「自己破産」と聞くと、人生が終わるようなイメージを持つ人は少なくありません。
私自身も最初はそう思っていました。
テレビやドラマでは、自己破産した人が絶望的な状況として描かれることもあります。
しかし実際には、自己破産は借金問題を法的に整理し、生活を立て直すための制度です。
もちろん失うものもあります。
信用情報に一定期間登録され、新たな借り入れやクレジットカードの利用が難しくなります。
一定以上の財産は手放さなければならない場合もあります。
それでも、生きるために必要な最低限の生活は守られます。
これは日本の法律が、「人はやり直す権利がある」という考え方を持っているからです。
私はその制度に救われました。
「自己責任」という言葉だけでは片付けられない
もちろん、お金の管理が甘かった人もいるでしょう。
無理な借金をしてしまった人もいます。
私自身も反省することはたくさんあります。
しかし、世の中には本人だけではどうにもならない事情もあります。
例えば、
- 勤務先の倒産
- 病気による収入減
- 家族の介護
- 離婚
- 自然災害
こうした出来事は、どんなに真面目に生きていても突然やってきます。
実際、日本では毎年多くの人が自己破産や個人再生などの債務整理制度を利用しています。
これは決して「特別な人」の話ではありません。
むしろ、誰にでも起こり得る現実なのです。
だから私は、「自己責任」という一言だけで片付ける社会には違和感を覚えます。
責任はあります。
でも、それだけでは説明できない人生もある。
そう感じています。
セーフティネットは「甘え」のためではない
日本では、ときどき
「生活保護は甘えだ」
「自己破産なんて逃げだ」
そんな声を耳にします。
でも、本当にそうでしょうか。
もしセーフティネットが存在しなかったら、多くの人は借金を抱えたまま働けなくなり、生活そのものが破綻してしまいます。
追い詰められた人が増えれば、社会全体にも大きな影響が出ます。
犯罪の増加。
ホームレス問題。
健康悪化による医療費の増加。
子どもの貧困。
社会保障制度は、困っている人だけのためではありません。
社会全体を安定させるための仕組みでもあります。
つまり、セーフティネットは「誰かを甘やかす制度」ではなく、「社会を守る制度」でもあるのです。
私が本当に救われたのは「やり直せる」という希望だった
自己破産をしたからといって、すぐに人生が好転したわけではありません。
仕事も探しました。
生活も苦しかった。
周囲の目が気になったこともあります。
それでも、一つだけ大きく変わったことがあります。
それは、
「ここからやり直せる。」
そう思えるようになったことです。
借金に追われ続けていた頃は、未来を考える余裕すらありませんでした。
しかし制度を利用したことで、少しずつ前を向くことができました。
もちろん、その後の人生も順風満帆ではありません。
それでも今、こうしてブログを書き、AIを学び、新しい挑戦を続けられているのは、あの時「やり直せる制度」があったからだと思っています。
(後半へ続く)
後半では、
- 本当に必要なのは「お金」だけではない理由
- 日本のセーフティネットの課題
- 制度を利用することへの偏見
- 次回記事「失業手当を受けながら感じた日本の制度」へつながる話
について、私自身の経験も交えながら考えていきます。
自己破産を2回経験して考えたセーフティネット(後半)
本当に必要なのは「お金」だけではない
自己破産という制度は、借金を整理するための仕組みです。
しかし、実際に経験して感じたのは、お金の問題だけを解決しても人生は立て直せないということでした。
精神的な不安。
社会から取り残されたような孤独感。
「もう終わった人間なのではないか」という自己否定。
こうした気持ちと向き合う時間のほうが、実は長かったように思います。
だからこそ、生活を支える制度だけではなく、人が安心して相談できる場所や、再挑戦できる環境も同じくらい大切です。
近年では自治体やNPOなどによる生活相談窓口や就労支援も少しずつ充実してきました。
もちろん十分とは言えませんが、「一人で抱え込まない」ための選択肢は以前より増えています。
私も当時、「困ったら相談してもいい」という考えをもっと早く持てていたら、違う選択ができたかもしれません。
制度を利用することを恥ずかしいと思わないでほしい
日本には、「人に迷惑をかけてはいけない」という文化があります。
それは素晴らしい価値観でもあります。
しかし、その気持ちが強すぎるあまり、本当に助けを必要としている人まで制度を利用できなくなってしまうことがあります。
自己破産もその一つです。
「世間体が悪い。」
「家族に申し訳ない。」
「人生の負け組になった。」
そんな思い込みから、一人で苦しみ続けてしまう人も少なくありません。
でも、制度は利用されるために存在しています。
病気になれば健康保険を使います。
失業すれば雇用保険を使います。
老後には年金があります。
それと同じように、借金問題で生活が立ち行かなくなったときに自己破産という制度を利用することは、「逃げ」ではなく「再出発のための選択肢」の一つです。
もちろん、制度を悪用してはいけません。
ですが、本当に困っている人が必要な支援を受けることまで否定される社会であってはいけないと私は思います。
失敗したからこそ見える景色がある
私は自己破産を2回経験しました。
決して誇れることではありません。
できることなら経験したくなかった出来事です。
それでも今振り返ると、その経験があったからこそ見える景色があります。
お金の大切さ。
働けることのありがたさ。
毎日ご飯を食べられることの幸せ。
そして、もう一度挑戦できることの価値。
もし人生で一度も失敗していなかったら、私は今のような発信はしていなかったでしょう。
失敗は決して成功の反対ではありません。
失敗は、次の人生を考えるきっかけになることもあります。
だから私は、自分の過去を隠すつもりはありません。
同じように苦しんでいる誰かが、「この人でも前を向いているなら、自分もやり直せるかもしれない」と思ってくれたら、それだけで経験した意味があったと思えるからです。
「やり直せる社会」は、みんなのためにある
私は自己破産を経験したからこそ、日本のセーフティネットのありがたさを知りました。
もちろん、制度には改善すべき点もあります。
手続きの分かりにくさや、支援につながるまでの時間、制度に対する偏見など、課題は少なくありません。
それでも、「人生をやり直す機会」が用意されていることは、とても大きな意味があります。
人は誰でも失敗します。
会社員でも、経営者でも、若い人でも、高齢者でも、それは変わりません。
だからこそ、一度の失敗で人生が終わる社会ではなく、もう一度立ち上がれる社会であってほしい。
私はそう願っています。
そして、自分自身もその制度に支えられた一人として、これからは経験を発信し、誰かの再スタートを応援できる存在になれたらと思っています。
次回予告
自己破産と同じように、私が実際に利用した制度の一つが失業手当です。
仕事を失ったとき、この制度は生活を支える大きな助けになりました。
一方で、「本当にこれで十分なのだろうか」と感じたことも少なくありません。
次回は実体験をもとに、
「失業手当を受けながら感じた日本の制度」
について率直に書いてみたいと思います。


